のりてらブログを始めて、一年が経ちました。
でもこれは、よくある「ブログを一年続けた結果、これだけ稼げました」みたいな成功譚ではありません。
PVが何倍になったとか、収益が出たとか、そういう話でもありません。数字だけ見れば、まだかなり弱いです。「読まれているブログです」と胸を張って言える状態ではありません。
それでも、一年経った今、どうしても一度書いておきたいことがあります。
去年の5月。僕は無職で、うつ病でした。
何かを始めるには、かなり重い状態でした。それでも、のりてらブログを始めました。お小遣い稼ぎでも、Webスキルのアピールでもありません。
今振り返ると、あれはたぶん、自分をなんとか保つための「必死の15分」でした。
白い日記のページだけが進んでいく「何もない日」

去年の5月は、無職になって半年が過ぎようとしていた頃でした。
11月に仕事を辞めてから、時間だけはありました。でも、何もできませんでした。
「何かしなければ」と思ってはいるのに、体が言うことを聞かない。朝起きても、今日何をするのか分からない。スマホを見ても、何かが進むわけではない。時間だけが過ぎていく。
この「何もない日が続く」というのが、一番しんどかったです。
焦りとか、恥ずかしさとか、社会から外れている感じとか、そういう言葉で表現されることもあります。でも当時の僕は、たぶんそれどころではありませんでした。
月に一度、ハローワークには行けていました。転職サイトにも登録していました。でも、なんとか行けていた、登録しただけ。そのくらいでした。
気持ちはずっと沈んでいました。
「白い日記が、ページだけを連ねていくような感覚」がありました。少し詩っぽい言い方かもしれませんが、あの頃の感覚を近い言葉にするとそんな感じです。
何も書かれていないのに、日付だけが増えていく。白いまま、ページだけが進んでいく感覚でした。
家の中で、唯一「できそう」に見えたのがブログだった
そんな状態で、なぜブログだったのか。
立派な理由があったわけではありません。「家の中でできそうなこと」が、それしか思い浮かびませんでした。
実は無職になる前の10月に、サーバーだけは契約していました。ブログをやってみたい気持ちは少し前からあり、「ブログ副業で月10万」「SEOブログライター」といった本も読んでいました。
たぶん当時の僕には、ブログが一番「できそう」に見えたのだと思います。
外に出なくてもいい。誰かと話さなくてもいい。家の中で、パソコンの前に座れば始められる。
もちろん、実際にはそんなに簡単ではありませんでした。サーバーを契約しても、すぐには始められませんでした。気持ちも体も、動かなかったからです。
でも、頭のどこかには残っていました。
何かしなければ。でも、大きなことはできない。それなら、ブログなら。そんな感じだったのだと思います。
「15分」は、沈みきらないために打ち込んだ小さな杭

のりてらブログには、「15分」という言葉がよく出てきます。
きっかけのひとつは、『アトミック・ハビット』という本でした。大きく変えようとするのではなく、小さく始める。少しずつ、段階を踏んで積み上げる。その考え方が、当時の自分には刺さりました。
何もできない状態を、なんとかしたかった。でも、いきなり大きく動くことはできない。だから、15分だけ。
この「15分」は、習慣化のテクニックとして始まったのかもしれません。でも今振り返ると、それだけではありませんでした。
15分は、何もない日を「完全に何もないまま終わらせないため」の時間でした。
今日も何もできなかった。そう思って沈む前に、15分だけ何かを置く。
記事のタイトルだけでもいい。メモだけでもいい。少し調べるだけでもいい。
15分で人生が変わるとは思っていません。でも、あの頃の僕にとっては、15分だけ手を動かすことが、沈みきらないための小さな杭みたいなものでした。
それが今の「アトリログ15」にもつながっています。
AIとの壁打ちで「言葉になる前の自分」をほどく
最初の記事を書いた時、すごい達成感があったわけではありません。でも「何かはできた」という感覚がありました。今思うと、それは大きかったです。
会社のために書く文章ではない。SEOだけを見て整える文章でもない。誰かに確認されるための文章でもない。
「自分で書いて、自分で出せる場所」。会社やSEOに縛られず、自由に表現していい場所を得た。当時はうまく言えませんでしたが、そこには少し解放感があったのだと思います。
もちろん、すぐにスラスラ書けるわけではありません。頭の中には書きたい気持ちがあるのに、文章にならない。今はこうやって自分の考えを言葉にできますが、当時は言葉になる前のものが頭の中で散らかっていて、どう出せばいいか分からない状態でした。
この一年、僕はAIともよく話してきました。
AIに文章を丸投げするためではありません。僕にとってAIは、「言葉になる前のものを外に出すための相手」でした。
「こういうことを書きたい」「でも、それは違う」「もっと重い」「そんなにきれいな話じゃない」。
そうやって返ってきた言葉に違和感を持ちながら、少しずつ自分の本音に近づいていく。ひとりで考えていたら、同じ場所をぐるぐるしていたと思います。
AIに話すことで、いったん外に出せる。違うと言うことで、自分の中の輪郭が少し見える。結果論ですが、それは少しセラピーに近かったのだと思います。
文章を書くための効率化ではなく、文章を書く前の自分をほどく時間。のりてらブログは、そういう時間にも支えられていました。
「ふざけてもいい」と思えた時、足場が固まった

この一年で、ブログが「歩ける足場」になったと感じた瞬間があります。
それは、「ばからシリーズ」を形にした時でした。
お酒を飲みながら、ふざけて書いた記事です。
それまでは、「ちゃんと書かなきゃ」「意味のあることを書かなきゃ」「読者の役に立つ形にしなきゃ」というプレッシャーが強かったです。
でも、ふざけて書いた記事の方が反応がありました。
ああ、そうか。自由に書いてもいいのか。
真面目に書くことをやめるわけでも、雑に書くわけでもありません。でも「ちゃんとしなければ記事にならない」という思い込みは薄れました。
変なことを書いても、自分の体温が残っていれば記事になる。その感覚は、のりてらブログにとってかなり大事なものでした。
PVは低い。でも、それを「話題」にできる今がある
一方で、PVは低いです。これは普通に悔しいです。
頭の中ののりてらは「もっと読まれろ、もっと伸ばせ、もっとちゃんとしろ」と言ってきます。アクセス解析を見て落ち込み、「一年続けてこの数字か」と思うこともあります。
でも正直、この低いPVを話題にできるだけで、少し嬉しいところもあります。
去年の5月の僕には、そもそも「話題にできる場所」がありませんでした。
残せる数字もない。比べる記事もない。読まれないと悔しがれるものもない。
それを思うと、今は少なくとも「低いなあ」と言えるブログがあります。「読まれていないなあ」と相談できる記事があります。こんな記事に辿り着いてくれただけでも、奇跡みたいだと思える場所があります。
だから、一周年で「読まれない事実」は出します。でも、本質はそこではない気がしています。
去年の5月の自分へ。間違っていなかった選択。

続けていることは、いつしか生活の一部になりました。
足跡になり、メンタル回復の兆しになり、癒しになり、楽しみになり、自分を掘り下げ続ける時間になりました。
そして、前を向いて歩くための儀式になっていました。
ブログを書けば人生が変わる。そんなふうには、まだ言えません。
PVも低いし、収益もありません。
でも、ブログを書くことで、少しだけ歩ける足場はできていました。
書くこと。考えること。AIと壁打ちすること。15分だけ手を動かすこと。ふざけた記事を出してみること。数字を見て落ち込むこと。それでもまた戻ってくること。
その全部が、去年の5月にはなかった足場でした。
去年の5月の自分に、今ののりてらブログを見せたら、たぶん驚くと思います。
「まじか、こんな感じになっているの?」と。
PVの低さにも驚くと思いますが、それ以上に「まだ残っていること」に驚くと思います。
記事がある。プロフィールがある。読まれないことを、笑ったり悩んだりできる自分がいる。
一年で、何者かになれたわけではありません。でも、何もない日が続いていた去年の僕から見たら、これはけっこう大きなことです。
今の僕から、去年の5月の自分に一言だけ言うなら、こうです。
「あの時の心が選んだ選択は、間違ってなんてなかった」
今日のまとめ一行
のりてらブログの一年は、読まれた成果よりも、何もない日から少し歩くための足場を作った時間でした。
今日できる一歩
今の自分にとって「15分だけならできること」をひとつだけメモしてみてください。やるかどうかより先に、まずは名前をつけるだけで大丈夫です。
次に読む一記事
次は、AIとの壁打ちについて書く予定です。AIに文章を書かせる話ではなく、言葉になる前の自分の考えを、どう少しずつ外に出してきたかを書いてみます。
ブログ案内
のりてらブログでは、富山でWeb制作と暮らしの実験を、15分単位で積み上げています。体験ログと確認を組み合わせながら、読んだ人が自分の一歩を少し軽くできる記事を目指しています。


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