一度途切れた習慣に、また戻れるのか。
これは、思っている以上に重い不安だと思います。
読書。運動。散歩。日記。ブログ。勉強。
一度は続けられていたことが、体調不良や生活の変化で止まってしまう。
そして、回復してきたはずなのに、前みたいに戻れない。
その時に出てくるのは、単なる「続かなかったな」という反省だけではありません。
本当にまた戻れるのか。
前はできていたのに、どうして今はできないのか。
もしかして、もうあの習慣には戻れないのか。
そんな不安がつきまとう。
この記事では、習慣を完璧に続ける方法ではなく、途切れた習慣に戻るための足場として、アトリログで15分だけ記録する意味を考えてみます。
朝30分の習慣が、体調不良で止まった話を聞いた

この前、姉から朝の時間の使い方について話を聞いたのが、この記事を書いたきっかけでした。
姉は僕が貸した「いつも幸せな人は、2時間の使い方の天才」という本に影響を受けて、朝の時間を計測していたそうです。
朝の行動を見直して、30分早く起きることを決めたとか。
その30分で読書をしたり、英語の勉強をしたりする。
しばらくは、それができていたらしいです。
僕はその話を聞いて、すごいなと思いました。
朝に30分を作るのは、簡単なようで簡単ではありません。(特に僕は朝が苦手なので)
ただ、その後に体調を崩して、その習慣が止まってしまったそうです。
回復してからも、前のようには戻れなくなったと聞きました。
その話を聞いた時、最初に思ったのは、
めっちゃ分かる。
でした。
体調不良とかで何かが乱れると、前はできていたことが急にできなくなる。
その感覚は、僕にもありました。
習慣が途切れた時にしんどいのは「また戻れるのか」という不安
習慣が途切れた時にしんどいのは、できなかった日そのものだけではありません。
「また戻れるのか?」と思ってしまうこと。
そして、できない自分を責めてしまうこと。
前はできていた。でも今はできない。
この差が、思った以上に重い。
特に、体調不良やメンタルの不調で習慣が止まった時は、単にサボった感覚とは少し違います。
やる気がないだけなら、まだ「またやればいい」と思うかもしれません。
でも、体や気持ちがついてこなかった時は、戻ること自体が怖くなることがありませんか。
戻ろうとして、またできなかったらどうしよう。
前みたいにできない自分を見たくない。
できていた頃の自分と比べて、落ち込みたくない。
習慣が途切れたあとに出てくる不安は、ただの怠けでは片付けられない気がしています。
僕にも、戻れないと思った習慣があった
僕にも、戻れないと思った習慣がいくつもあります。
日記。ジムでの運動。毎日の読書。散歩。ブログ。サイト研究。
無職で時間があった時、毎日やっていたルーティン。
ただインフルエンザになったり、その時に作業が重くなったり、と途切れてしまうことが結構ありました。
一度はできていたことが、できない日々。そのこと振り返ってみました。
日記が書けなくなった時期
うつ病だった頃は、日記を書くことすら重い日がありました。
何かを感じている。でも、それを文章にできない。
書けば少し楽になるかもしれない。でも、書くための言葉が出てこない。
日記は、自分のことを残すためのもののはずなのに、その日記に向き合うことが怖くなる時期がありました。
ジムにもう行けないと思った時期
ジムもそうです。
一度行けない日が続くと、「もう行けないかもしれない」と思ったことがあります。
体力が落ちているかもしれない。前にできた重さが上がらないかもしれない。行っても、できない自分を確認するだけかもしれない。
そう思うと、ジムに行くこと自体が重くなりました。
運動が嫌いになったわけではありません。でも、前の自分と比べるのが怖かったのだと思います。
読書や散歩、ブログも止まったことがある
読書も、散歩も、ブログも、サイト研究も同じです。
一度止まると、再開する時に少し力がいります。不思議なのは、どれも本当は好きだったり、大事にしたいことだったりすることです。
好きだからこそ、ちゃんと戻りたい。大事だからこそ、中途半端に戻るのが怖い。
そんな感じがありました。
朝活や読書が続かないのは、意志が弱いからだけではない
朝30分早く起きて、読書や英語の勉強をする。
この方法自体は、とても良いと思います。
朝の時間は静かです。スマホや仕事に流される前に、自分のための時間を作れる。
読書や勉強をしたい人にとって、朝はかなり強い時間帯だと思います。
でも、同時に思うこともあります。
「それ、ちょっと無理していないかな?」
もちろん、人によると思います。
たとえば朝が得意な人もいます(羨ましい)。早く寝て、早く起きるリズムが合う人もいます。
ただ、体調不良や生活の乱れがあった時、30分早く起きること自体が重くなる人もいると思います。
体調が崩れると、前の形には戻りにくい
習慣が続いている時は、その形が当たり前になります。うまく回っている時は、それでいい。
でも、体調を崩したあとに、いきなり同じ形へ戻そうとすると、かなり重い。
前と同じ時間に起きる。
前と同じ量をやる。
前と同じ集中力で取り組む。
それができないと、「戻れなかった」と感じてしまう。
でも本当は、体調を崩したあとの自分には、前と同じ形ではなく、今の状態に合った形が必要なのかもしれません。
「前はできたのに」が自分を責める言葉になる
習慣が途切れたあとに、よく出てくる言葉があります。
「前はできたのに」
この言葉は、けっこう強いです。
自分を励ます言葉になる時もあります。
でも、体調や気力が落ちている時には、自分を責める言葉にもなります。
前はできたのに、今はできない。
前は読めたのに、今は読めない。
前はジムに行けたのに、今は行けない。
そうやって比べているうちに、戻ることそのものが怖くなる。
これは心理学でいうと、「前の自分」と「今の自分」を比べて苦しくなる感覚に近いのかもしれません。
前はできていた自分がいる。でも、今は同じようにできない自分がいる。
その差が大きく見えるほど、「自分はもう戻れないのでは」と感じやすくなる。
習慣が途切れた時にしんどいのは、行動が止まったことだけではなく、自分への信頼が少し揺らぐことなのだと思います。
だからこそ、いきなり前と同じ形に戻ろうとしなくてもいい。
まずは小さく触れ直して、「まだ戻る入口はある」と感じられることが大事なのかもしれません。
習慣が途切れた時は、前の形に戻ることだけを目標にしなくてもいいと思っています。
アトリログ15は、習慣を完璧に戻す方法ではなく足場だった

僕がアトリログ15を作ったのは、習慣を完璧に続けるためではありません。
むしろ、完璧に続けられない日があることを前提にしています。
就職が決まった時、僕は不安でした。
無職の時に作っていた習慣を、仕事が始まってからも続けられるのか。
帰ってきてから、ブログや読書や運動に向き合えるのか。
疲れている日に、ちゃんと戻ってこられるのか。
その不安を、AIの参謀モードにも相談しながら、帰ってからのルーティンや記録のルールを少しずつ決めていきました。
アトリログ15は、その中でできたものです。何かを大きく変えるためのものではありません。
15分だけ、今日の自分を残す。
それは、習慣を完璧に戻す方法というより、戻るための足場に近いと思っています。
一度途切れた習慣に、いきなり全力で戻らなくていい。
まずは、今日の自分がどこにいるのかを確認する。
そのための15分です。
アトリログ15が生まれた理由はこちらの記事にまとめています。
関連記事:何もできない日にも、残せる足跡がある|アトリログ15が生まれた理由
重い日はレベル1に戻していい
15分でも重い日はあります。当然あります。
そういう時に、無理やり「いつも通りやらなきゃ」と思うと、たぶん続きません。
だから僕は、重い日はレベル1に戻していいと思っています。
アトミックハビッツ的に言えば、習慣を小さくする感じです。
「ちゃんとやる」ではなく、まずはその習慣の入口に触る。
本を読むのが無理なら、本を開くだけ
読書が重い日は、無理に何ページも読まなくていい。
本を開いて、少し眺めるだけでもいいと思っています。
「たったそれだけで、読書をしたと言えるのか」
そう思う人もいるかもしれません。
でも、完全に遠ざかるより、本を開いたという接点が残っている方が戻りやすい。
僕にとっては、それで十分な日があります。
筋トレが無理なら、ストレッチだけ
家での運動も同じです。
筋トレが重い日は、筋トレを抜いてストレッチだけにします。
腕立てをしない。腹筋をしない。でも、体を少し伸ばす。それだけでも、完全にゼロではありません。
運動習慣に戻るための、小さな入口みたいなものです。
ブログが無理なら、スマホで一言だけ
ブログを書くのが重い日もあります。
パソコンの前に座っても、文章が出てこない。見出しを考えるだけで疲れる。書かなきゃと思うほど、手が止まる。
そんな日は、パソコンで書かなくてもいいことにしています。
スマホを持って音声入力に切り替えてます。
スマホでタイトルだけ考える。見出しをひとつだけ音声入力する。AIに、思ったことをそのまま話す。
それでも、ブログから完全に離れてはいません。
サイト研究が無理なら、思ったことを音声入力するだけ
サイト研究も、重い日はスマホで見て、思ったことをAIに音声入力するだけにします。
「この余白、なんか気になる」
「このファーストビュー、何を伝えたいんだろう」
「このデザイン、かっこいいけど少し分かりにくいかも」
それくらいでいい。きれいな分析になっていなくても、まずは自分の感じたことを残すだけ。
こんな風にレベル1に戻すというのは、逃げではなく、戻るための形を小さくすることだと思っています。
15分だけ記録すると、ゼロではなかった日になる

アトリログ15で大事にしているのは、すごい記録を残すことではありません。
今日、何を感じたか。何が重かったか。何ならできたか。何はできなかったか。
そういう小さなことを、15分だけ残す。それだけで、その日は完全なゼロではなくなります。
できなかったことが多い日でも、
「本を開いた」
「ストレッチだけした」
「ブログのタイトルを考えた」
「AIに音声入力で話した」
そういう小さな足跡が残ります。
もちろん、それだけで人生が劇的に変わるわけではありません。
でも、何もできなかったと思っていた日にも、少しだけ残っているものが見える。
それは、次の日に戻るための小さな手がかりになります。
AIのサポートは、戻るかどうかを一緒に考える相手にもなる
アトリログ15を続ける中で、AIのサポートにも助けられています。
たとえば、体調が悪いけれどジムに行きたい時。
行きたい気持ちはある。でも、行って大丈夫なのか分からない。休むべきなのか、軽く動くべきなのか迷う。
そういう時に、AIに相談することがあります。
もちろん、AIだけで健康判断をするわけではありません。でも、不安な時に考えを整理する相手としては助かっています。
行動する意思があっても、できないタイミングはあります。
その時に、どうすれば完全にゼロにしないで済むか。
今日は休むとして、どこまでなら足跡を残せるか。
明日戻るために、何を小さくしておけばいいか。
そういう相談ができることは、毎日続けるうえでかなり大きいです。
AIに全部を決めてもらうのではなく、戻るための選択肢を一緒に並べてもらう。
そのくらいの使い方が、今の僕には合っています。
途切れた日は、見直しのチャンスかもしれない
習慣が途切れると、どうしても失敗したような気持ちになります。
でも、最近は少し違う見方もできるようになりました。
途切れた日は、見直しのチャンスかもしれない。
その習慣は、今の生活に合っているのか。時間が大きすぎないか。場所が合っていないのか。体調が悪い日にも戻れる形になっているのか。
そうやって見直して、小さな形にしたっていい。
30分が重いなら、15分にする。
15分が重いなら、5分にする。
5分も重いなら、開くだけ、座るだけ、音声入力するだけでもいい。
前と同じ形に戻れないからといって、その習慣が終わったわけではありません。
形を変えて戻ってもいい。
小さくして戻ってもいい。
今の自分に合わせて、もう一度足場を作ってもいい。
僕は、アトリログ15をそういうものとして使っています。
よくある質問
習慣が途切れた時はどう戻せばいいですか?
いきなり前と同じ形に戻そうとしなくてもいいと思います。
まずは、その習慣のレベル1に戻す。
本なら開くだけ。運動ならストレッチだけ。ブログならタイトルだけ。
小さく触れ直すことで、戻るための足場ができます。
習慣化には何日かかりますか?
習慣化にかかる日数は、行動の内容や生活環境によって変わると思います。
ただ、今の僕にとって大事なのは「何日続けたら習慣になるか」よりも、「途切れた時に戻れる形を作っておくこと」でした。
継続できない理由は意志が弱いからですか?
意志の問題だけではないと思います。
体調、睡眠、仕事、生活リズム、気持ちの波。
そういうものでも、習慣は簡単に崩れます。
だから、自分を責める前に、今の状態に合うサイズまで小さくすることも大事だと思います。
生活習慣はどれくらいで戻りますか?
人によって違うと思います。
だからこそ、何日で戻すかよりも、今日戻れる最小単位を作る方が大事なのかもしれません。
まずは15分。
それも重い日は、もっと小さくしてもいいと思います。
おわりに

習慣が途切れると、不安になると思います。
また戻れるのか。前みたいにできるのか。このまま離れてしまうのではないか。
その不安は、たぶん自然なもの。でも、途切れたことは、終わったことではありません。
前と同じ形に戻れなくてもいい。小さな形に変えてもいいと思います。
僕にとって、アトリログ15はそのための足場です。
大きく積み上げる日もあれば、ただ座るだけの日もある。
それでも、少しだけ足跡を残せたら、完全なゼロではありません。
僕みたいに、体調を崩しても、メンタルが落ちても、もう一度小さな習慣を持てる人が増えたらいいなと思います。
習慣が途切れた時は、失敗ではなく見直しのチャンスかもしれません。
4つのまとめ
今日のまとめ一行
習慣が途切れても、前と同じ形に戻れなくても、小さな足場を作ればまた始められる。
今日できる一歩
戻りたい習慣をひとつ選んで、レベル1まで小さくしてみてください。
本を読むなら、本を開くだけ。運動なら、ストレッチだけ。ブログなら、タイトルを一つメモするだけ。
それくらい小さくて大丈夫です。
次に読む一記事
アトリログ15が生まれた理由はこちらにまとめています。
何もできない日にも、残せる足跡がある|アトリログ15が生まれた理由
AIとの壁打ちを、考えを整理する時間として使う話はこちらです。
AIで文章を書く前に|AIと壁打ちして自分の考えを整理していた話
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うまくできた日も、できなかった日も、少しだけ足跡を残していきます。


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