メンタルがへたれた日に、僕がやるばからしい習慣5つ|ばからシリーズ

昼の部屋で少し疲れたのりてらスライムが、自分を立て直すための変な習慣を始めようとしているアイキャッチ画像 観察と発見
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今月、僕は「低アクセス」という名の地獄に、あえて3本の記事を投げ込みました。

結果は、無。
圧倒的、無。

えらい、真面目、地味。
そんな褒め言葉は、ゼロが並ぶ管理画面の前では砂塵に等しい。

春の陽気? 冗談でしょう。
僕のSearch Console(サーチコンソール)だけ、永久凍土の冷気が漂っています。
どんなホラーより背筋が凍る。

ついに脳内では、藤原竜也さんが暴れ始めました。
「ようこそ底辺へ!」
「地を這う者の味はどうだ!?」
と、勝手に悪魔的な演出をぶち込んでくるんです。
やめてくれ。
こっちは静かに、膝を抱えて落ち込みたいんだ。

このままでは「ブログ」じゃなく、数字による「公開処刑」になってしまう。
そこで僕は、藁をも掴む思いで「自信」についての本を再び捲りました。
曰く「中身より先に、形を変えろ」と。

ズルだっていい。
先にメンタルが戻ったもん勝ちです。

というわけで、どん底の僕が実践している「傍から見ればただの変質者」な5つの習慣を書きます
正論が喉を通らない夜にだけ、効く薬があるんです。

コンビニで、いちばん強そうな棚の前に立つ

コンビニで栄養ドリンクの棚の前に立ち、少し気持ちを立て直そうとするのりてらスライムの画像

メンタルがへたれた日は、飲み物ひとつ選ぶのすら弱腰になります。

なんとなく水。
なんとなくお茶。
なんとなく、いつもの無難なやつ。

全部まちがいじゃない。
でも全部、見事にしょんぼりした日の選び方でもあります。

だから僕は、コンビニに入ると一直線に、栄養ドリンクがひしめくガラス扉の前に立ちます

買うかどうかは別です。
ここ、テストに出るくらい大事です。
毎回買って飲んでいたら、ただ疲れている人のブログに変わってしまいます。

あの棚だけ、妙に顔つきがギラギラしているんですよね。
ラベルが強い。
色が強い。
名前からして強そう。
全部が「で、お前は今日どうやって戦うわけ?」と圧をかけてくる。

こっちはすでに見えないダメージを負っているのに、棚だけが完全な戦闘態勢。
でも、そこがいいんです。

僕はあの前で一瞬だけ、「今日はまだ終わってないぞ」という顔を作ります。
そのあと、結局ただの炭酸水を買ってもいい。
なんなら麦茶でもいい。
無理に栄養ドリンクを選ぶ必要はありません。

大事なのは、中身がへたれきっていても、立っている場所だけは強気であること。
文字にするとかなりしょうもないです。
でも、このしょうもなさが、折れた心を少しだけ元の形に戻してくれます。

スマホの中の栄光だけを、少し見返す

僕のスマホには、どん底の日にしか開かない秘密の場所があります。
名付けて、勝ち画像フォルダです。

うまく撮れた写真。
ちゃんと外に出た日の綺麗な景色。
記事を公開した瞬間のスクリーンショット。
ちょっと嬉しかった誰かからのメッセージ。
自分の中で「この日は僕の勝ちだった」と認定できる、栄光の断片たちです。

へたれた日の脳みそって、本当に扱いが雑なんですよ。

今日ダメだった。
だから最近ずっとダメ。
なんなら自分という存在がダメ。
ついでに未来も真っ暗でダメ。

勝手に下す判決が重すぎる。
今すぐこの脳内裁判官をクビにしたい。

そんな日に、ベッドの上で、あるいは暗い部屋の机の前で、そのフォルダを少しだけスクロールします。

すると、思い出はただの思い出を越えて、証拠に変わります
ああ、僕にもちゃんと「やれてる日」があったじゃないか。
一回じゃない。
何回かある。
少なくとも、今日のちょっとしたミスだけで、全否定されるような人間じゃない。

たったそれだけで、視界がだいぶ明るくなります。

気分が落ちると、脳は都合よく悪い記憶ばかりを最前列に並べてきます。
だからこそ、画像という物理で殴り返す。
文章ではなく、景色で。
小難しい理屈ではなく、かつての自分の顔つきで。

僕にとってこの作業は、脳内のおかしな不当判決に対する、再審請求なのです。

ただのスライムなのに、胸だけは張る

コンビニで栄養ドリンクの棚の前に立ち、少し気持ちを立て直そうとする画像

ここからが、たぶん一番ばかばかしいです。
そして、僕が一番気に入っている儀式でもあります。

洗い物の前。
風呂に入る前。
ブログのタイトルをひねり出す前。
メールを1件返す前。

どう考えても魔王討伐のようなラスボス戦ではないのに、なぜか心が鉛のように重い。
たかが洗い物。されど洗い物。
へたれた日のシンクの食器たちは、こちらを冷ややかに見下ろす中ボスみたいな顔をしています。

なので僕は、その前に10秒だけ、無駄に胸を張ります

マトリックスのネオでもない。
スーパーマンでもない。
ステータス的にはただのスライムです。
でも、とりあえず胸だけは立派に張る。

客観的に見て、何をしているのか。
僕にもよく分かりません。
部屋の中で、一人きりで、無言で、胸だけを張っている。
文字にすると、わりと妙な絵です。

でも、これが案外スッと効くんです。

たぶん大事なのは、「人生を根本から変えよう」なんて大それたことを思わないこと。
自信をゼロから再構築しよう、なんてやり出すから動けなくなるんです。
そうじゃない。
「やられっぱなしの姿勢」から、物理的に10秒だけ抜け出す。
それで十分。

へたれた日に中身まで全部一気に立て直そうとすると、普通にショートします。
でも「姿勢」なら、中身を置いてきぼりにして先にいじれる。
心が付いてきていなくても、胸だけ張る。
このハリボテみたいな雑さが、意外と心に効く薬になります。

立派な自己啓発本より、しょうもないポーズの方が効く日がある。
人生、たまにそういう面白いバグがあるんです。

のりてら、ここで立ち上がる模様です

へたれた日は、ゼロから一の距離が、地球から月くらい遠く感じます。

立ち上がる。
風呂に向かう。
机の前に座る。
タイトルだけ決める。

どれもこれも、普段なら息をするようにできること。
でも、その「たいしたことない動作」が、とんでもなく高い壁に見える日があるんです。

なので僕は、自分自身をスポーツ実況します

「おおっと、のりてら、ここで重い腰を上げて立ち上がります!」
「のりてら選手、今からゆっくりと風呂に向かう模様です!」
「さあ、のりてら、ここでタイトルだけ決めるという好プレーを見せるか!?」

流れが来てる!
……いや、実際は全く来てはいません。
でも実況を入れると、なんとなく「流れが来ている感じ」だけは演出できるんです。

これの何が素晴らしいかというと、自分との間に少しだけ「距離」ができること。

自分の中にべったり感情移入していると、全部が重苦しい。
でも、カメラを引いて少し外から見下ろすと、妙に冷静になれるんです。

「ああ、この人いま結構へこんでるな」
「でも、なんとか立とうとはしてるじゃん」
「おっ、風呂には向かう気があるのか」
「なんだ、思ったより終わってないな」

そんな感じで、少しだけ自分を「ポンコツだけど頑張ってる他人」みたいに扱えます。

僕は気分が落ち込むと、頭の中で終わりの見えないお通夜みたいな会議を始めがちです。

一人反省会。
他人との比較。
将来への漠然とした不安。
議題が全部ブラック。
しかも結論もだいたいブラック。

実況は、その地獄の会議を強制的に打ち切ってくれます。
なぜなら、分析ではなく「ただの中継」になるからです。
深い考察はいらない。
ただ目の前の動きを実況する。
それだけで、なぜか足が前に出る日があります。

人はいつも、偉人の名言で立ち直るわけじゃありません。
へたれた日は、脳内スポーツ実況くらい雑な方が効く日があります。

昨日の自分より1ミリまし選手権を開く

へたれた日にSNSなどで他人を見ると、だいたい完敗します。

みんな前へ進んでいるように見える。
みんなメンタルが強く見える。
みんな、息を吸うようにちゃんとしているように見える。

SNSのキラキラした部分しか見えていないだけかもしれないのに、脳はそのへんの事情を雑にスルーして、すぐ自分との比較に持っていきます。
ひどい時は、比較のルールすら相手のホームグラウンド設定です。

なので僕は、勝負のリングから降ります。
そして戦う相手を変更。
対戦相手は他人ではなく、昨日の自分です。

昨日は本1ページしか呼んでない。
今日はなんとか2ページ読めた。
勝ち!

昨日はブログのタイトルすら1文字も浮かばなかった。
今日は一つひねり出した。
勝ち!!

昨日はコンビニでただうつむいて買い物をした。
今日は強そうな栄養ドリンクの棚の前に立った。
これも勝ち!!

判定基準が低い。
圧倒的、低さ!
でも、へたれた日はそれでいいんです。
むしろ、それくらい甘々でちょうどいい。

以前の僕は、「回復」というのは「100%元通りにピンピンになること」だと思い込んでいました。
でも実際は、1ミリでも上を向けば御の字という日が山ほどあります。

その1ミリの成長を「こんなのダメだ」と雑に扱うと、次の日もまた重力に負けて沈む。
逆に、その1ミリを「よし、勝った」とちゃんと拾い上げると、少しずつ、確実に底から浮上していける。

だから最近は、立派な大勝利よりしょうもない一勝をコツコツ拾い集めるようにしています。

キラキラした他人に勝てなくていい。
昨日のポンコツな自分にだけ、少し強気でいく。
今の僕には、それくらいのハードルが心地いいです。

まとめ

少し落ち込んだ状態から少しだけ持ち直した状態へ変わる、同じ人物のビフォーアフター画像

ここまで熱く語っておいて何ですが、メンタルがへたれた日に本当に必要なのは、偉い人の名言でも、非の打ち所がない反省でもありません。

まずは、自分を少しだけ元の軌道に戻すための変な儀式です。

コンビニで強そうな棚の前に立つ。
スマホで栄光の証拠を見返す。
スライムの分際で胸を張る。
自分の行動をスポーツ実況する。
昨日の自分より1ミリましを狙う。

文字にして並べると、かなり変な人です。
でも、へたれた日の僕には、このくらいバカバカしい方がちょうどいい。
正論のストレートパンチを食らうより、少しクスッと笑える変化球の方が、すんなり受け止められる日があるからです。

そして、ここまでやっても全く浮上できない日のための最終奥義が存在します。

それが、ビアゴーグル理論です。

お酒を飲むと、世界が少しマシに、なんならちょっと美しく見える。
自分も少しだけイケてるような錯覚に陥る。
なんとも雑で、なんともシンプルな奥義です。

さらに、こう言うと最高です。
「キンキンに冷えてやがる!悪魔的だ!」とか、
「酒!飲まずに!いられない!」とかオススメです。

もちろん、毎回この魔法の薬に頼るのは推奨しません。
翌朝のシラフの自分に、かなりの高確率で怒られます。
「昨夜のお前、変なテンションで何調子に乗ってんだよ」と、未来の僕が容赦なく説教してきます。

でも、そういうちょっとふざけた逃げ道も必要だと思っています。
すべてを「正しく、健康的に」やろうとすると、へたれた日はその正しさの重みで余計に苦しくなるからです。

ただ、本当の本命はやっぱりお酒じゃありません。
本命は、「自分専用のばからしい回復習慣」を一つ、こっそり持っておくことです。

コンビニでもいい。
部屋の隅っこでもいい。
スマホの画面の中でもいい。
誰かに見せるためのものじゃなくていいんです。
自分を少しだけ「よし」と思える地点に戻すための儀式。

それが一つあるだけで、へたれた日の着地地点は、泥沼から柔らかいマットくらいには変わります。

人は、いつもいつも立派な姿では立ち直れません。
でも、少し変なやり方で、少しだけマシな状態に戻ることは誰にでもできます。

うまくやれない日があっても、そこでゲームオーバーじゃありません。
1ミリでも戻れたなら、もうちゃんと前を向いて進んでいます。
そういう不格好で小さな回復を、これからも自分で面白がりながら、大切にしていきたいです。


今日のまとめ一行
へたれた日は、正論より先に、自分を少し戻す変な儀式が効きます。

今日できる一歩
コンビニか部屋の中で、自分専用のばからしい回復習慣を一つ決めてみてください。

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