やりたいことは、ずっとあった。
毎日のようにWebサイトを見ていて「この動き、試してみたい!」と思う。頭の中の設計図は、少しずつ増えていく。
なのに、実際にはほとんど進んでいなかった。
この半年、のりてらブログでは26本の記事を公開しました。書く習慣がついて、投稿ボタンを押したあとの達成感も、ようやくわかるようになってきた。何もしていなかったわけじゃない。むしろ自分なりには、結構やってきたつもりでした。
それなのに、5月の連休には完成しているはずだった「アトリログ15」は、途中で止まったまま。久しぶりに未完成のデータを開いた瞬間、頭に浮かんだのは反省でも何でもなく——
「ど、どうしよう。助けてドラ◯もん」
誰かに頼まれたわけでも、締切があったわけでもない。自分が作りたくて始めたもの。それなのに、振り返ったときには終わっていませんでした。
この記事で残したいこと
やりたいことが進まないのは、やる気がなくなったからとは限らない。毎日の「終わらせる作業」に力を使い切って、やりたいことへ回す余力が残っていないだけの場合もあります。
自分の場合、半年間ずっと「公開する側」ばかりを続けていて、「遊びながら作る側」が足りなくなっていました。
そこで、これまでの設計をいったん忘れて、アトリログ15を最初から作り直すことにしました。まだ完成していません。画面も拙く、直したいところだらけです。
それでも、HTMLファイルがひとつ生まれた瞬間、楽しさより先に感じたのは「やっと戻れた」という安心でした。
この記事は、やりたいことはあるのに進められなかった自分が、止まっていた制作へ15分から戻り始めた記録です。
やりたいことが進まないまま、記事を公開し続けた半年間

この半年、のりてらブログではほぼ毎週、記事を公開してきました。
ブログのアクセスを振り返った記事、AIとの付き合い方を考えた記事、Webサイトを見て感じたこと。初めてのキャンプ、一人で過ごした誕生日についても書きました。
題材は違っても、毎回やることはだいたい同じです。
- 体験や考えを整理する
- 記事の構成を作る
- 文章を書き直す
- 本文画像を用意する
- WordPressへ入れて表示を確認する
- 公開後にSNSで知らせる
文章を書いたら終わりではなく、人に見せられる形まで持っていく必要がある。大変ではありましたが、その繰り返しで書く習慣ができました。投稿ボタンを押したあとの「今日もひとつ終わらせた」という達成感も、この半年で知ることができました。
だから、記事を書き続けたこと自体は間違いじゃなかったと思っています。残ったものはたくさんある。
ただ、ひとつの記事を終わらせるたびに、別のやりたいことが少しずつ後ろへ回っていました。
未完成のアトリログ15を見て、ちょっと青ざめた

後回しになっていたもののひとつが、アトリログ15でした。
何かに15分だけ取り組み、その日にできたことを「小さな足跡」として残すためのページです。作ろうと思った理由は、以前「何もできない日にも、残せる足跡がある|アトリログ15が生まれた理由」に書きました。
本来は5月の連休中に完成している予定でした。気づけば、ずいぶん時間が過ぎていました。
途中で止まっていたデータを開いたとき、懐かしさより先に焦りが出てきました。
なんで、こんなことに……。
仕事の企画でも、誰かの締切でもない。自分から「作りたい」と思って始めたもの。
自分がやりたかったことを、自分で後回しにしていた。
「忙しくてできなかった」の一言で片づけるには、少し悔しかったです。
記事は増えていた。サイト研究を続けるうちに「こんなページを試したい」という考えも増えていた。知ったことは増えている。頭の中の設計図も増えている。
でも、試していない。
未完成のアトリログ15は、そんな自分の偏りを、急に目の前へ突きつけてきました。
作りたいものはあった。でも、実験する余力がなかった
記事を書くことも、もちろん制作です。
体験したことや、ネットで見かけて気になった話、学んだことを整理して自分なりの言葉にする。仕事で書くコラムとは違う、のりてらブログなりの制作でした。
ただ、自分の中では、記事を作ることと、ページやアプリを作ることは少し質が違います。記事は、感じたことや学んだことを言葉にすること。ページやアプリは、頭の中の設計図を、触れられる形にする制作だと思っています。
どちらもAIとのチャットで「ああでもない、こうでもない」と話しながら進めるのは同じ。それでも、ボタンを押したら画面が変わる。考えていた流れがブラウザ上に現れる——その感覚は、自分の中では少し別物でした。
サイトを研究していると、ふと作りたいものが浮かびます。特に疲れているときや、サウナの外気浴でぼんやりしているとき。「あんなページを試しに作ってみたい」と思い出す。
でも、家へ帰れば別のことをする。次の記事も気になる。そのうち忘れて、しばらくするとまた思い出す。
頭の中だけでは、何度も制作を再開していました。
けれど、実際のファイルは増えていませんでした。
サイト研究で「学ぶ」は続いていた。記事という形で「作る」も続けていた。でも、学んだものを自由に試して、失敗しながら楽しむ時間だけが足りなくなっていました。
のりてらブログのテーマは「作る・学ぶ・楽しむ」。3つがなくなったわけじゃない。配分がずいぶん偏っていただけだったのだと思います。
やりたいことが進まないとき、意欲だけを疑わない

やりたいことがあるのにできないと、つい自分の意欲を疑ってしまいませんか?
本当はやりたくないんじゃないか。続ける力がないんじゃないか。また途中で投げ出したんじゃないか。
僕も、そんなふうに考えました。
でも、アトリログ15のことは何度も思い出していた。作ってみたいページも頭の中に残っていたし、サイトを見るたびに試したいことも増えていた。
やりたい気持ちがなくなったんじゃなく、やりたいことへ回す余力が残っていなかった。
今振り返ると、そっちの方が近い気がします。
やりたいことが進まないとき、「やる気があるか、ないか」だけで決めつけず、少し分けて考えてみてもいいのかもしれません。
- その活動自体が嫌になったのか
- 完成や公開を続けることに疲れたのか
- ほかの作業で余力を使い切っていないか
- 頭の中だけで何度も再開していないか
- まとまった時間ができるまで待っていないか
すぐに答えが出なくても、まず紙に書いてみる。昔のファイルを開いてみる。誰かに話す。AIに「あの制作、どうしたらいいと思う?」と聞いてみる。
それだけでも、止まっていたものを見つめ直すきっかけ。
そして僕の場合は、AIとのチャットでアトリログ15の目的から話し直すところから始まりました。前に考えていたものを、そのまま完成させようとはしなかった。
一度、全部忘れることにしました。
止まっていた制作を、15分から作り直した
以前のアトリログ15は、内容を紹介するLP(ランディングページ)として作る予定でした。サービスの目的や使い方を説明して、読んだ人に興味を持ってもらう。そんな構成を考えていました。
でも、改めて考え直すうちに、少し違う気がしてきた。
説明を読むだけのページじゃなく、その場で15分を始められるページにしたい。
そこで、LPを作るという前提をいったん外しました。新しいアトリログ15は、ボタンを押して実際に使うコンテンツページです。
- 今から残したい足跡を書く
- 15分のタイマーを始める
- 終わったら、実際に残った足跡を書く
- 今日の記録をカードとして残す
- 必要なら、もう15分だけ続ける
以前の続きではなく、設計から作り直しました。そして、少しずつHTMLへ起こしていきました。

正直、まだ開発途中です。のりてらスライムの形や、余白、ボタンの色、文字の大きさなど、直したいところはたくさんあります。
完成品として見れば、まだまだです。でも、この画面には、それまでなかったものがあります。
HTMLファイルが存在しています。
頭の中にしかなかったものが、ブラウザで開ける形になりました。
楽しいより先に、「やっと戻れた」と思った

アトリログ15を再開して、最初に感じたのは「楽しい」ではありませんでした。
HTMLファイルがひとつ生まれた瞬間、出てきたのは「やっと進めることができた」という安心感でした。
完成したわけじゃない。公開もしていないし、直したいところもたくさん残っています。それでも、ゼロではなくなった。
頭の中で何度も思い出すだけだったものが、実際の画面になった。自分は、まだこの続きを作れる。それを確認できたことが大きかったです。
アトリログ15の画面には、こんな言葉を入れています。
まとまらなかった、迷って終わった。
それも今日の足跡です。
これは、アトリログ15を使う人に向けて考えた言葉でした。でも今は、自分自身にも向けられている気がします。
迷いながら設計を作り直した。画面はまだ拙い。15分ですべてが完成したわけでもない。それでも、ひとつのファイルは残りました。
まだ「楽しい」と言えるほどでなくても、やりたかったものにもう一度触れた時点で、再開は始まっている。
そんなことを、自分で作ろうとしているページから教えられました。
同じように、やりたいことが止まっている人へ
積み重ねることは大事です。記事投稿も、一本ずつ公開したからこそ習慣になった。続けたからこそ、投稿後の達成感も知ることができました。
でも、積み重ねる前には、始める瞬間があります。
一度止まったものには、もう一度始める瞬間もある。
その始め方は、大きなものでなくていいのかもしれません。
- 昔のファイルをひとつ開く
- 紙に、やりたかったことを書いてみる
- 15分だけタイマーを動かす
- AIや誰かに、止まっている理由を話してみる
- 以前の計画を捨てて、目的から考え直す
完成させなくてもいい。習慣へ完全に戻らなくてもいい。今日できたことが、ファイルをひとつ作るだけでも、それはゼロじゃありません。
自分の場合は、楽しくなる前に安心が来ました。それでも、思っただけのことより、実際にやったことがひとつ増えた日の方が、少しだけ気分がよかったです。
止まったものへ戻るための小さな確認
- やりたい気持ちは、本当になくなったのか
- ほかのことで力を使い切っていないか
- 完成ではなく、15分だけ触れられないか
すぐに前向きになれなくても、それで大丈夫です。まずは、戻りたい場所がまだ残っていることに気づくだけでも、何かの始まりになる気がします。
おわりに
アトリログ15は、まだ完成していません。これからデザインを整え、動きを調整し、WordPressの中で実際に使える形にしていく必要があります。
だから、この記事も完成報告ではなく、止まっていた制作へようやく戻り始めた途中の記録です。
記事を書くことも、これから続けたい。ただ、しばらくは「公開する側」だけに偏らないようにしたい。
作る。
その途中で学ぶ。
そして、少しずつ楽しめるようになる。
今すぐ全部を取り戻せなくても、HTMLファイルがひとつ生まれた日は、完全に止まっていた日ではありませんでした。
楽しくなる前でも、戻り始めることはできる。
今の自分には、そのくらいの言葉がちょうどいい気がします。
この記事で残したい4つのこと
今日のまとめ一行
やりたいことが進まないのは、意欲がないからではなく、やりたいことへ回す余力が残っていないからかもしれません。
今日できる一歩
止まったまま気になっているものをひとつ開き、15分以内でできそうなことを紙やメモにひとつ書いてみる。
次に読む一記事
一度止まったものへ、いきなり以前と同じ勢いで戻らなくてもいい。そんな「習慣への戻り方」については、途切れた習慣の戻り方|「また続かない」と不安な日に15分から戻る方法でも書いています。
ブログ案内
のりてらブログでは「作る・学ぶ・楽しむ」をテーマに、Web制作やAIとの付き合い方、日々の小さな実験、その途中で考えたことを記録しています。


コメント